前回までのあらすじ
2021年8月、世界の主要証券取引所のシステムに、スーパーコンピューター『不可思議』が導入される。次の月、日本国債が暴落、それに端を発する金融恐慌が世界を襲った。世論の動揺を抑えるために金融庁、マスコミによりスケープゴートにされた元ヘッジファンド代表、辰野怜。そしてその裏側では稀代の女犯罪者、運天亜沙美が暗躍していた。怜は失意の中で、母土岐子の昔の夫で異形の男「ヤブさん」に出会う。その元で、古代中国で蝶になり、さらに戦場の弓の名手「荘周」の意識とシンクロする夢を見る。目覚めた怜が母の病院を訪れるとその姿はなく、「あなたも蝶の夢を見ますか」という謎の手紙が残されていた。怜は再会した元部下に連れられ、謎の宗教団体『善界の道』の本拠地に向かう。教主の明神真は、怜の「兄」と名乗り、さらに彼も蝶の夢を見ると語る。
一方、ついに目覚めた量子コンピューター『渾沌』は、山梨由紀子の意識に直接語りかけるのだった。
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第12話 血脈と宿命
辰野怜(たつの れい)は明神真(みょうじん まこと)との食事の後、明神の私邸に招かれた。宇須(うず)の中心街から離れた小高い丘の上に立つ洋館の邸宅。それも戦前、阪神間に富裕層が競って建造した屋敷を移築したもので、今では貴重となった瀟洒な趣(おもむき)がある。
「六甲山の麓、御影(みかげ)にあったものを昭和39年にここに移したそうです」
大谷石(おおやいし)を組んだ外壁が見事な屋敷の中は、簡素な佇まいを感じさせた。
「山荘のようですね」
怜が玄関でそう言うと明神は頷いた。
「戦前の富裕層は華美を嫌っていますね。侘(わ)び寂(さ)びへの憧憬を持っている。ここも洋館ですが室内は茶室のような趣があります。お陰で凄く落ち着けるんですよ」
そう言いながら中を案内した。
玄関を抜け廊下の先にあるバルコニーから宇須の街が一望できる。それはどこにでもある穏やかで平凡な地方都市だ。
(だが……この景色の下にとんでもないものが隠されている)
そう思うと全く違うものに見えてくる。そんな怜の心の裡(うち)が分かるのか明神が言った。
「国であれ、街であれ家庭であれ、そして個人であれ……ごく普通の姿の後ろには何かが隠されている。マクロからミクロまで……世界とはそういうものなのでしょう」
怜は皮肉めいた口調でそれに応えた。
「そして我々という存在。それにもとんでもないものが隠されているという訳ですか?」
ダウンタウンの中華料理店で怜の異父兄である明神は『善界の道』誕生に自分たちの血脈が関係していると告げた。
「……これ以上はこういう所でする話ではない。場所を替えましょう」
こうして怜を私邸に連れて来たのだ。
怜は応接間に案内された。ジョージ・ナカシマがデザインしたウォールナットのサンソーテーブルとラウンジチェアが揃えられたその部屋には、暖炉があり火が入っていた。大谷石の組まれたマントルピースの上には印象的な手のブロンズ像が置かれていて怜はそれに強く惹かれた。
「なんとも良い作品ですね。ずっと見入っていたくなる」
明神は嬉しそうに微笑んだ。
「ロダンです。女の左手。親指がすっと伸びて他の4本の指は心もち曲がっていますね。この手が何かを求めているのは分かるのですが、それが何かは……知る由もない」
そしてどうぞお掛けくださいと怜を椅子に促した。
ラウンジチェアに腰を下ろすとすぐに品の良い初老の女性が珈琲を運んで来た。蛸唐草(たこからくさ)紋様の有田焼の珈琲カップがその部屋の設えと合っている。旨い珈琲だった。
「明神さんはこんな生活を毎日送られていて快適そのものなんじゃないんですか?」
珈琲をゆっくり味わってから怜は素直な言葉を口にした。
「生活環境の重要さは『善界の道』の教えの中心でもあります。人間は環境の動物です。環境を整えること……美しい街並みや快適な居住空間は人間形成には欠かせないと考えています。宇須というところはそれを実践する場なんです」
怜は少し難しい顔つきになった。
「でも、人間の個性は千差万別。ある人は美しく捉えても、ある人は同じものを息苦しく感じるかもしれない。価値判断は多様なものだし……自由な人間の創造にそのお考えは決して正しいものではないと思います」
明神は頷いた。
「その通りです。だから宗教なんです。狭い価値観といわれればその通りです。最大多数の最大幸福を目指し、幸福の最大公約数を“常識”として提示していく。それが我々のあり方だと考えています」
怜は珈琲を飲み干すと訊ねた。
「明神さん。あなたは宗教団体である『善界の道』の教主であり、その『善界の道』の真の姿は戦略核兵器を持つ日本の陰の軍隊だ。そして、あなたは私の異父兄で、我々の血脈がその存在の誕生に関係しているという。まず、どうやってあなたが今の立場になったのか。そこから話して頂けませんか?」
明神はじっと怜を見詰めた。
「あなたには逆からお話しした方が良さそうですね。現在から過去にさかのぼっていく方が……」
そして明神も珈琲を飲み干した。
「『善界の道』教主の最大の仕事、それは資産運用なんです。戦略核兵器の維持管理には莫大な資金が掛かりますからね」
怜は驚いた。
「明神さんはここでファンド・マネージャーをしているということなんですか?」
明神は頷いた。
「その通りです。私はあなたと同じ仕事をずっと生業にしてきました。私が『善界の道』のことを知らされたのは15年前のことです。その頃、私はローマでバチカンの資産運用をしていました」
怜は驚きながらも深く納得できるように思えた。
「バチカンの資産総額は天文学的数字だと聞いています。その運用には世界有数の才能ある者が携わっていることも……でもまさか、異父兄がそこにいたとは……」
明神は笑ってそれに応えた。
「そういう才能が我々のDNAに組み込まれているようですね。私も異父弟であるあなたがファンド・マネージャーとして成功を収めているのを知って驚いたものです」
怜は不思議な感覚に陥った。
「私も……自分の才能には先天的なものがあることを感じていましたが、全く知ることのなかった異父兄が同じ仕事をしていたとは」
そこで母、土岐子(ときこ)を思い出した。
「同じ母方の血ということですよね? でも、母さんからそんなことは全く感じられなかった」
明神もそれは自分も同じだと言う。
「母は不思議な人です。ある意味、私の父よりも謎だ」
その明神の父、ヤブさんを思いながら怜は訊ねた。
「明神さんは母の親兄弟、親戚のことを知っていますか? 私は全く知らされていない。母が何処で生まれ何処で育ったのかも知らない。訊ねても『知る必要のある時が来るまで知らなくていい』と言われて……」
それは明神も同じだと言う。
「私も母から聞いたことがない。父もあんな調子ですから知らないのか惚(とぼ)けているのか何も教えてくれない。でも、それで問題なく生きて来られましたから……」
その言葉に怜は思わず笑った。
「いいですね。問題なく生きて来られたというのが。明神さんはやはりヤブさんの息子ですね。どこか超然としたところがある」
それなら嬉しいと明神は笑顔で言ってからすぐに真剣な顔つきになった。
「私が『善界の道』を意識せざるを得なくなったのがローマにいた時でした。詳しくは申し上げられませんが、世界各国の宗教団体の活動は資金の流れから全て分かりました」
怜はバチカンの持つ情報網ならそれはあり得るだろうと思った。
「中でも『善界の道』は突出していました。動かす資金量が頭抜(ずぬ)けている。そして、上手い。非常に上手い運用をしていた」
怜は複雑な表情になった。
「耳が痛いですね。私は失敗しましたから。世界有数のファンド・マネージャーとなりながら致命的な失敗をしてしまった」
明神はその怜を見詰めて驚くべきことを言った。
「もしそれが仕組まれた可能性が高いとしたら……辰野さんはどうします?」
怜は言葉を失った。
「この話はあとにしましょう。今は私の過去について、そして、我々の血脈について、続けましょう」
頃合いをみて初老の女性が紅茶を運んで来た。ブランデーの入ったブラックティーだった。
「……」
怜には落ち着くのに丁度良い飲み物になった。明神は話を続けた。
「バチカンの運用者に就いて3年経った時でした。エージェントから連絡が入り、『善界の道』が私に興味を持っていると言われたんです」
「完全にヘッドハントですね」
明神は頷いた。
「流れはその通りです。しかし、接触してからは想像を超えることの連続でした」
そう言ってゆっくりと紅茶を飲んだ。
「まず……私の人生は私が選んだものではなかったということが分かった。全て『善界の道』を率いるため、準備されたものだということを教えられたのです」
怜は耳を疑った。
「ちょ、ちょっと待って下さい。そんなことあり得ないでしょう?! 明神さんの人生が第三者によってお膳立てされたものだったとおっしゃるんですか?」
明神はその通りだと頷いた。
「私は『善界の道』創設者の1人で当時まだ存命だった人物と会ったのです。その人から自分自身の宿命を知らされた」
怜は冷静に考えてから訊ねた。
「日本の政治家ですか?」
明神は首を振った。
「スイス人です。オーストリアのウィーン出身の女性です」
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May 12, 2020 at 04:00AM
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第12話 血脈と宿命 ── バタフライ・ドクトリン 第1章 FUKA-SIGI【不可思議】 - Forbes JAPAN
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