建築業界こそCG(コンピューターグラフィックス)の最前線だ、と言ったら信じてもらえるだろうか? といっても、街中に貼られたビルの完成予想図や、高級マンションのCMといった建築の「終点」のお話ではない。壮大なプロセスの「始点」──価値の源を担う設計事務所のオフィスにこそ、圧倒的なグラフィックス・パワーが必要とされる時代がやってきたのだ。
TEXT BY SHIN ASAW a.k.a. ASSAwSSIN
PHOTOGRAPHS BY KOUTAROU WASHIZAKI
自動車からスニーカーまで製品設計に幅広く利用されるCAD(コンピューター支援設計)ソフトウェアをご存知の方は多いだろう。ものづくりに欠かせない「設計図」を印刷するために普及した、いわば設計図専用のワープロだ。平面図を吐き出す2DCADに始まり、立体図まで出力できる3DCADが昨今では当たり前になった。
CADツールが普及し始めておよそ30年になる。そのあおりを食って、設計と名のつくありとあらゆるオフィスから、手描き用の「ドラフター(製図台)」が消えていった。しかしながら、ものづくりの始点に位置するデザインの世界では、いまも手描きが重宝されている。人が独創性に磨きをかけたいとき、アナログのフィーリングは不可欠なのだ。CADは数値入力で扱い辛く、直感的とは言い難い。建築でもその事情は同じだ。「意匠」を担う設計事務所は、CADを使う必要に迫られながらも、手描きや模型といったアナログな手技を好む。
そんななかで、あの隈研吾率いる「隈研吾建築都市設計事務所」は実に先進的だ。彼らはCADをいとわないどころか、社内に「CG」の専任部隊を置き、超リアルなヴィジュアルを武器に、世界と闘い続けている。
模型はかならず使う。けれど、CGも使う
国内と海外では事情がやや異なる、とCG部隊を率いる松長知宏は語る。
「国内の公共事業などのプロポーザル(他社と競合している状況)では、そこまでリアルな表現は求められません。手描きのポンチ絵っぽいもののほうが、ウケがよかったりするケースもある。でも海外のプロジェクトの場合は、直に“隈研吾”を指名してきて、パースにもある程度の予算が割ける。となると『やれるだけやれ』という雰囲気になり、ガチでフォトリアルな絵を造らなくちゃいけない。キラキラになります(笑)」
この事務所は大所帯だ。200名近い設計者が入り乱れ、膨大な数のプロジェクトをさばく。彼らがCADで日々生み出す「設計図」から、見映えのするCG、いわゆる「静止画」を仕上げてやるのが松長らの仕事。現在、CG専任のスタッフは10名にまで膨らんだ。
「設計の現場で3次元の検証をする場合、まずは模型をつくるんです。みんなで取り囲んで、ああでもないこうでもないと議論する。いくらCADやCGが進歩しても、このプロセスは絶対に必要ですね。けれど、模型だけでは対応できないニーズがあるんです」
例えば、素材選び。この壁は金属でいくべきか、この柱は木か。その種類は。この部屋にこんな壁紙を使いたいけれど、光の反射でどう見映えが変わるのだろう……。チームのなかで議論が白熱する。そのときお互いのイメージが、想像上の見た目が「ズレていない」ことは確認すべき。だからCGの出番になる。
「設計者が急いで手を動かした3DCADのデータは、つくり込みが浅い。そこへぼくらが手を加えて、美しいパース(透視図)を描く。大雑把な色で指定された壁や柱に、最終形に近い金属や木材の質感を与え、適切な照明を当ててレンダリング(着彩)する。太陽の方角も意識しますね。どこからどんな光が差し込んでくるか、正確さを追求します」
建築の世界におけるCGといえば、タワーマンションの広告で見かけるCMやポスターが定番だ。ただし、これらは建物の設計施工がすべて終わり、工事に着工し、のんびり竣工を待つ間につくられる。日程には余裕があって、ゼネコンから広告代理店や制作プロダクションまでが動き、たっぷりとコストをかけて制作される。
だがデザインの検討段階で、そういった費用は発生させられない。コンペの期日が目前なら、時間的な猶予もない。設計者とCGスタッフが社内で一丸となり、呼吸するように美麗な静止画を吐き出す。スクラップ&ビルドに連動した、刹那的なCGが生み出されては消えていく。
「鉄板風の和紙みたいなものを、壁に貼りたいと言われたことがあって。『鉄なの? 紙なの?』みたいな……。結局、石っぽい質感設定が正しかったり(笑)」
むろんスピードは不可欠であり、隈事務所のCG部隊には圧倒的なマシンパワーが求められる。最近はNVIDIAの高性能GPU「Quadro RTX 5000」を搭載したHP Z8 Workstationを導入し、最新のGPUレンダリングにも挑戦している。業務用として名を馳せるQuadroシリーズだが、RTXの3文字を冠する最新型はリアルタイムなレイトレーシングに強く、「実写なみの映像表現」を可能にするという。
「隈自身が新しいテクノロジーに前向きで、PCにも理解があるので、事務所の歴史としてもCG周りの環境は非常に恵まれていると思います」
ここで、彼らのCG作業にまつわる「異常性」に言及しておかねばならない。建築物の3次元設計データをそのままCG画像に変換しようとする行為は、ある意味で暴挙だ。仮に建物の外観を静止画にしたいだけなら、建物の背面で隠れてしまう縁側や、内部に含まれるドアノブ、手摺り、階段といったパーツはまったく無意味になる。無意味どころか、そんな細部までコンピューターが処理しようものなら、むしろスピードダウンする。足枷になる。
ところが、隈事務所はその暴挙に挑んでやろうと考えている。スピードは大事だが、パーツを省かないことも大事。なぜか?──さらなる高みに、目標を置くからだ。
建築の新たな感動体験は「ゲーム」
近年、CAD系のツールから高品質なCG画像をダイレクトに出力するプラグインが充実してきた。一方でBIM(Building Information Modeling=デザインから施工までデータを一貫させる概念)系の新たな潮流もある。いずれは設計者自身が、クオリティの高い静止画をひとりでつくり出すようになるだろう、と松長は予想する。
「ぼくらが何もしなければ、すぐにレヴェルは一緒になっちゃうと思う。仕事がなくなります(笑)」
それゆえ、松長らは次の目標を見据えた検討を始めている。マウスなどを使い、まるでゲームのように、建築物のなかや外を自在に歩きまわるCGだ。右を向けば右を、左を向けば左を見られる、という具合に。
すでに自動車デザインの分野では、VRゴーグルが多用されている。判断を下すエグゼクティヴたちは、仮想空間に出現した(検討中の)新型車を眺め、車の高さや色を変えたりしつつ周囲を練り歩き、ドアの開け閉めを繰り返し、さまざまな戦略を練る。
ならば、これからの建築コンペもインタラクティヴな感動体験で優劣がつけられるに違いない。その際、CG化される設計データは細かいパーツを含んだままの、巨大な「塊」で扱う必要がある。もっといえば、建物の前に広がる海、庭に生い茂る樹木、葉の隙間から届く木漏れ陽までが、とことんリアルである必要がある。そのために加わったメンバーが土江俊太郎だ。
「過去に隈事務所が手がけた案件を使って、マシン負荷と描画能力を検証中です。例えばこれ、建物の周囲が森なのですが、代々木公園程度の規模を再現してもまったく動作に問題ありません。今後は都市スケールのモデルをどの程度まで扱えるかなど、可能性を試していきたいと考えています」
最新のマシン、最強のGPUで挑む建築の最前線。それはCG屋冥利につきる大仕事といえるだろう。広告業界から転身してきた鈴木史武は、その醍醐味をこんな風に話してくれた。
「映像系のCGって細かく分業することが多いんです。けれど、この事務所ではひとりのCG担当者が、ひとつの建物をまるごと最後まで担当することが多い。必然的に案件への『思い入れ』は強くなりますね」
完成までに途方もない人数がかかわる「建築」。CGの担当者は、その何千分の一にすぎない。けれど、そのひとりがPCを巧みに操り、仮想空間で数百人の大工に匹敵する仕事をやってのける。ときには左官屋にも、あるいは植木屋にもなる。ほかのセクションにはその全知全能ぶりを絶対に真似出来ない。
松長は自分がかかわった建物が完成したあとで、中を眺めるのがとてつもなく楽しいという。その感覚は、彼らだけのものだ。
「入ってみると、不思議な気持ちになるんですよ。あれ、なんか……見たことある! って(笑)。デジャヴ感がね、凄い」
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