『孤島の飛来人』
「いつか深い穴に落ちるまで」で文藝賞を獲(と)った新人作家の2作目。日本からブラジルまで穴を掘ろうとする受賞作もキテレツだったけど、本書は大手自動車メーカーがフランス企業の傘下に入ることになり、真っ先に取りつぶしになりそうな「風船による飛翔(ひしょう)開発チーム」が密(ひそ)かに実験を決行、ビルの屋上から巨大な6つの風船を背負った青年が夜空に飛び立つところから物語が始まる。
上司の待つ父島をめざして彼は飛行を続ける。でもたどり着いたのは北硫黄島。無人島であるはずのそこには人がいて、奇妙な国家ができあがっていた、というお話である。
当店で9月に開催した刊行記念のオンラインイベントによれば、作者・山野辺さんの気になる作家はカフカだそうだ。
「『変身』で虫になったグレゴール・ザムザがどうするかというと、職場に行こうとするんです。学生時代はこの冒頭を意識してなかったけど、今読むとすごく刺さる」とおっしゃっていたのが印象的だった。山野辺さん自身、某企業の会社員である。
イベント後に『変身』を読み返してみたら、たしかにザムザはすごくがんばっていた。身体の変化に七転八倒し、冷酷な社長や大ばか者である部下の小僧のことを考えていや~な気持ちになりながら、それでも彼は出社のために奮闘する。
虫になったのに出勤を考えるなんて、この時点でザムザは狂気の彼方(かなた)にと思うべきか、この日常的行為が彼を正気にとどまらせていると考えるべきか、判断がつかないが、とにかく『変身』を「会社員小説」と考えるとすごく面白い。
閑話休題、『変身』よりずっと牧歌的だが『孤島の飛来人』の青年も勤め人であることをよりどころに事態を乗り切ろうとする。
浜辺でとっ捕まり牢屋に入れられた彼は数日後、年配の看守兼取り調べ官に向かって、ここが日本であるなら僕は不法入国ではない、にもかかわらず囚人であるのは不当、正当な立場としては「出張中の会社員」であろう。聴取は受けるがそのほかの時間で仕事がしたい。それは業務日誌を書くことだと訴え、ノートと鉛筆2本、消しゴムをせしめるのである!
何を書くんだと聞き、あなたの話を、と青年に言われた取り調べ官は身を乗り出すほどのリアクションを見せる。誰だって自分の話を聞いてくれる存在はうれしいものだ。とりわけこの年配男にとっては。なぜなら彼もまた――。
そして個人の過去にはかならず、誰かから聞いたことがまじっていく。青年の業務日誌ははからずも、この小さな国の歴史書となっていく。
こんな山野辺作品をどう位置づけるか。SFではない。ファンタジーとも違う。なんかないかねえ、と思いつつ、わが国にはぴったりの言葉があると気づいた。法螺(ほら)ばなしである。
法螺は難しい。だって「嘘(うそ)をついて」と言われたら誰でもできるが「法螺を吹いて」はおいそれとはできない。前者は舌先三寸だが、後者には世界観が必要なのだ。
新人作家がさらなる可能性を見せてくれた大きな作品。おすすめです!
PROFILE
間室道子
まむろ・みちこ
代官山 蔦屋書店 文学コンシェルジュ
テレビやラジオ、雑誌でおススメ本を多数紹介し、年間700冊以上読むという「本読みのプロ」。お店では、手書きPOPが並ぶ「間室コーナー」が人気を呼ぶ。
からの記事と詳細 ( 孤島に迷い込んだ青年が続ける業務 壮大な「会社員小説」 - 朝日新聞デジタル )
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壮大な
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