言語学者の知里真志保は1949年(昭和24年)から、北海道大学で「アイヌ語アイヌ文学」という科目を教えていました。このことが、国立アイヌ民族博物館特別展示室で開催中の第4回特別展示の資料から知ることができます。
渋沢栄一の孫で実業家の渋沢敬三の支援があり、北海道大学に職を得ることにつながりました。知里は、自分が亡くなる時には渋沢と、仙台市にあった東北劇場の支配人の渡辺徳に伝えるように家族に言っていたそうです。その仙台の渡辺の家で、知里は東北の民芸品である赤べこを気に入って、そのまま持ち帰っています。
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