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Monday, August 23, 2021

今年 太子没後1400年 壮大な事業 100年前に思い - 大阪日日新聞 - 大阪日日新聞

大阪ニュース

2021年8月24日

 聖徳太子創建の和宗総本山四天王寺(大阪市天王寺区、加藤公俊管長)で10月から太子没後1400年の年忌法要「聖徳太子千四百年御聖忌(ごせいき)」が執り行われる。大きな節目にちなみさまざまな記念事業が進む中、一世紀前の1300年遠忌の壮大な記念事業にも関心が集まっている。かつて世界一の大きさを誇った釣り鐘「頌徳(しょうとく)鐘」と大鐘楼「頌徳鐘楼」(現「英霊堂」、市指定有形文化財)の建造もその一つで、多くの人々が当時の時代背景や先人の熱意に思いをはせている。

英霊堂で天井画を拝観する瀧藤執事長(左)と森下社長=大阪市天王寺区の四天王寺
かつて世界一の釣り鐘があった四天王寺英霊堂=大阪市天王寺区

 釣り鐘の鋳造計画は、「第5回内国勧業博覧会」(1903年)が地元の天王寺公園で開催されるという好機に当たり、21年の聖徳太子1300年遠忌記念事業の一環で国の安寧を願う象徴として計画された。

 同寺勧学課主任学芸員の一本崇之さんは「当時は廃仏毀釈(きしゃく)、工業の西洋化などの時代で仏教界には危機感があり、近場の一大イベントに合わせて科学技術と融合した世界一の記念事業に取り組んだ」と経緯を説明。寄付を募るためのポスターの制作や勧進相撲も興行した。門前町でも盛り上がりを見せ、現在も地元名物として親しまれている「釣鐘(つりがね)まんじゅう」が誕生している。

 高さ約8メートル、口径約5メートルの釣り鐘は03年に完成。鐘をつるす大鐘楼は06年に着工、翌年に建立された。

 現存する巨大な天井画「雲龍画」は森下仁丹創業者の森下博(1869〜1943年)が30代半ばで寄進。作品は大阪の日本画家・湯川松堂(しょうどう)が描いた。

 大阪商業大公共学部公共学科の明尾圭造教授は「森下氏は、京都の画家も数多い中、大阪の画家を後押ししようと湯川氏を選んだのでは」と推測。「作品がこうした形で残り、画家冥利(みょうり)に尽きる作品ではないか」と評価する。

 釣り鐘は太平洋戦争中の43年に金属回収令を受けてばらばらに裁断、搬出されて姿を消した。鐘なき大鐘楼は戦後、戦没者を慰霊する「英霊堂」に改修されて今日に至る。

 同寺の瀧藤尊淳執事長の案内で英霊堂を訪ね、天井画を拝観した森下仁丹の森下雄司社長は「聖徳太子の遠忌事業に関われるという創業者の喜びや栄誉はいかばかりだったかと想像する。創業者が明治の時代に描いた社会還元の思いは、時代が進んだ現代もすべての企業の命題となっていることが興味深い」と話した。

 瀧藤執事長は「100年にわたる森下さんとのご縁は聖徳太子のお導きと改めて喜んでいる。新型コロナウイルス禍など激変する日常の中、いま一度、太子の和の精神に立ち返り、感謝を忘れず日々精進したい」と気持ちを込めた。

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