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Sunday, June 6, 2021

数学の論理は「デーモン」すらエンジニアに変える - @IT

 世界で活躍するエンジニアにお話を伺う「Go Global!」シリーズ。今回ご登場いただくのはヒューマンリソシアのJorge Pelaez(ベラエズ・ホルヘ)氏。幼いときからエンジニアを目指していた同氏は、25歳という若さでこれまでにない壮大なプロジェクトに参加することになった。

 聞き手は、アップルやディズニーなどの外資系企業でマーケティングを担当し、グローバルでのビジネス展開に深い知見を持つ阿部川“Go”久広。

あだ名は「デーモン」

阿部川“Go”久広(以降、阿部川) 出身を教えていただけますか。

ホルヘ氏 スペインのマドリードにあるドラロドネスという小さな街で生まれました。スペインの中では都会ですが、とても静かで自然が豊かで、素晴らしい場所だと思います。

阿部川 子どものころは自然の中でたくさん遊ばれたのですね。

ホルヘ氏 良く言えばそうですね。幼いころはデーモン(悪魔)と呼ばれるほど、他の人が話しているとそれに負けないように大声でわめいたり、家のものを壊して歩いたりしていました(笑)。

画像 10歳のときのホルヘ氏。デーモンっぽさ、ある?

阿部川 それは強烈ですね(笑)。何かスポーツなどで発散できれば良かったですね。

ホルヘ氏 実は柔道をやっていました。サッカーなどのチーム戦よりも一対一の競技が好きでした。剣道もやりたかったのですが、教室がなくて断念しました。今、せっかく日本にいるので機会があれば挑戦したいです。

阿部川 体を動かすことが好きな子どもだったのですね。勉強はどうでしたか。やはり数学が得意でしたか。

ホルヘ氏 そうですね、言語や歴史、体育は全然駄目でしたが、数学だけは上級のクラスでした。

阿部川 素晴らしいですね。当時、将来はエンジニアになると考えていましたか。

ホルヘ氏 はい。数学の論理や応用が好きだったので当時からコンピュータのエンジニアを考えていました。

阿部川 最初に使ったコンピュータを覚えていますか。

ホルヘ氏 6歳のときに父のPCでゲームをやったのが最初だと思います。OSはWindows 95でした。

阿部川 なるほど。家にコンピュータがあったのはラッキーでしたね。地元の高校を卒業後、マドリードカルロス3世大学に入学されます。専攻はコンピュータネットワークということですが、どのようなことを勉強されたのですか。

ホルヘ氏 プログラミングやインフラ関連のハードウェア、テレコミュニケーションエンジニアリングなどをバランス良く学びました。ネットワークエンジニアリングはソフトウェアとハードウェアの広い知識が必要になると考えたからです。

阿部川 当時から実践的なことを学ばれていたのですね。大学在学中に、何か企業とプロジェクトを一緒に行った経験はありますか。

ホルヘ氏 幾つかあります。例えば、あるNGO(Non-Governmental Organization)団体が運営しているプログラムに参加しました。Webサイトでアジャイル開発やビデオ映像のアップロード方法などを学ぶ仕組み作りといったもので、主にHTMLでデザインを担当しました。たまにCSS(Cascading Style Sheets)が動かなくなるので苦労しました(笑)。Webサイトを構築する過程でとても多くのことが学べる場でしたね。そこでマネジメントという視点を学ぶことができましたと思います。

 他には、itSMF Espanaという企業にインターンをしていました。卒業後も3年くらい仕事を手伝っていました。卒業直前にはGMVという企業でインフラエンジニアとして仕事をしていました。短い期間でしたが、多くの企業や組織のネットワーク構築を手伝うことができてとても楽しい仕事でした。

小さいころから日本に興味津々

阿部川 その後、ワーキングホリデーでいろいろな国を訪れていらっしゃいます。なぜスペインから出てみようと思ったのでしょうか。

ホルヘ氏 自分が育った土地以外のものを見てみたかったのです。心の中ではドイツか日本と決めていましたが、ドイツ語は怒られているように聞こえてしまって覚えられなかったので(笑)、日本に行くことにしました。日本に行く前にはアジアの他の地域も旅行しました。長いところだと3カ月ホームステイした国もあります。

阿部川 そして来日されるわけですが、そもそも日本を見てみたいと思ったきっかけはなんだったのですか。

ホルヘ氏 新しい言葉を学びたかったので、米国やカナダなど英語圏は選択肢には入りませんでした。なぜ日本かと言われると「自然とそう思った」というのが正直なところなのですが、子どものころから日本のアニメがずっと好きで見続けていましたし、日本の歴史にも興味があったからですかね。小さいころから、興味の赴くままに、いろいろと日本のことを調べたり考えたりしていましたので、そういったことが積み重なって「日本に行こう」となったのだと思います。

画像 itSMF Espanaで働いていたころのホルヘ氏。イケメンがあふれている

阿部川 みなさん、日本のアニメを好きだと言ってくださるのでうれしく思います。ホルヘさんが覚えているアニメはどんなものですか。

ホルヘ氏 ドラえもんが好きでした。小学校の高学年になったとき、友人が「まだドラえもんが好きなのかよ」とからかってきたことがあって「弟と妹がいるので、一緒に見ないといけないんだ」と答えたのを覚えています。他には「デジモン」(デジタルモンスター)と「ドランゴンボール」が好きでした。大きくなってからは、ジブリの映画などハッピーで美しいアニメ映画が好きになりました。

阿部川 自身でアニメや映画を作ってみたいと思われたことはないのですか。

ホルヘ氏 私はクリエイティブなタイプではないので(笑)。プログラミングは確かに「何かを作っている」とは感じますが、何かを表現することとはちょっと方向性が違うのではないかと思います。何というか……構造を作りだすクリエイティビティ、とでも言うのでしょうか。「もの」と「もの」をつなげて意味のある構造にしていく、といったような……。

阿部川 でも論理は最終的に美しいですよね。例えば数学の数式などは、ある種の美しさを宿しています。アートやアニメの創作とは違いますが、これらも美しさを備えていると思うのです。プログラミングでも、同じ結果を出す2つのプログラムがあったとして、美しいものとそうでないものがありますよね。

ホルヘ氏 確かに。おっしゃる通りです。

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