スーパーで売られているリンゴを握って感触を確かめるように、ゲームのよし悪しを確かめることはできない。だが、もしそんなことが可能だとしても、それは無意味だろう。ゲームパブリッシャーはゲームの欠陥を覆い隠すために、たっぷりと光沢のある蝋にゲームを付け込んでいるのだ。気付けば消費者たちは、ゲームに手を伸ばしている。
ゲーマーたちが「サイバーパンク2077」に抱いていたイメージと実物の間には、深い溝がある。何年にも及ぶ贅沢なマーケティングは、単なる“中二病”的なオープンワールドゲームを、まるで最先端かつ陰謀と欲望と可能性が渦巻く無限の街並みであるかのように売り込んだ。このゲームのトランスジェンダーを嫌悪するようなメッセージや開発者への残業強制といった問題は、確かに一部のファンを遠ざけたかもしれない。だが何百万もの人々が、今作はゲーム史上で最も画期的なデジタル体験になると期待を寄せていたのだ。
ところが、まったくそうはならなかった。うわべだけの世界設定、間の抜けた人工知能(AI)、そして無数のバグが期待を裏切ったのである。
それでも「サイバーパンク2077」は、リリース前に製作費を回収した。歴史的なゲームになるという謳い文句に刺激され、熱心なゲーマーたちは800万本以上を予約し、開発とプロモーションにかかった1億ドル(約103億円)以上を埋め合わせてくれたのだ。
多くの人は失望したかもしれない。人々は60ドル(約6,200円)というチップを製品にではなく、約束に支払ったのだ。しかし、パブリッシャーであるCD PROJEKT REDにとっては、“仕掛け”は想定通りに機能した。
まるで未完成のロケット
CD PROJEKT REDはゲームデヴェロッパーであるが、それと同時に人々の期待を最も効果的に膨らませる術を知っている。アクション満載の滑らかに流れるYouTubeの4K映像は、まるでウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』を思わせる世界に入り込めるかのように描かれていた。違いは「サイバーパンク2077」の場合、セックスワーカーと交流したり、ペニスサイズを変更したりできることである。
舞台となっている「ナイトシティ」は、65平方マイルに及ぶサイケデリックな東京の夜景のようだ。成人のための「グランド・セフト・オート」のようなプレイ体験であり、大人の仕事をもっていて大人ならではの関心をもった人が楽しめることを目指している。
それと同時に、子どものような驚きと畏怖を呼び起こそうともしている。かなり頭のいい人たちが、これが史上最高のゲームになると信じ、ただこのゲームをプレイするためだけに何日も休みをとった。キアヌ・リーヴスも出演しているとなれば、見逃せない。
ところが発売日の12月10日に明らかになったことは、CD PROJEKT REDが未完成のロケットを宇宙に打ち上げたということだった。太ももを狙ったはずが胸に当たる弾丸、不良品のマネキンのようにカクカクと動くノンプレイヤーキャラクター、ズボンからはみ出した肥大化したペニス──。あるプレイヤーのハードボイルドな主人公は、両手を広げた“Tポーズ”のまま走るクルマの中で立ちあがり、むき出しになった尻がちょうどクルマの屋根に乗ってしまった。
PC版プレイヤーによるSteamでのレヴューでは、「みんなが思っていたゲームとは違う」「ひどい出来…8年間も誇大広告を続けて、発売されたのはアーリーアクセスのようなゲームだ」と評されている。未来のゲームではないことは確かだろう。PCでプレイすると吐き気がひどく、フレームレートの修正法をGoogleで検索する必要があったほどだ。
とはいえ、これは「サイバーパンク2077」のPC版だけの話である。次世代ゲーム機では、まったく問題なく動作する。ただし、Xbox OneとPlayStation 4ではめちゃくちゃだ。ヴィジュアルはぼやけ、フレームレートはカクカクである。ノンプレイヤーキャラクターの口元は洞窟の入り口ように固い。
こうしたなかCD PROJEKT REDは12月14日、「発売前に前世代ゲーム機でのプレイをお見せしなかったことと、結果的に購入判断のための情報をあまりお伝えできなかったこと」に対して「ゲーマーの皆様へ」と題する謝罪文を発表した。前世代機でのプレイの「最も顕著な問題」については、2月中にパッチが配布される予定だ。それまでに返金を要求することもできる。
期待感と現実との落差
パフォーマンスはさておき、ゲーム全体としては普通だ。かなり気に入っている人もいるが、「ナイトシティ」は代り映えしないし、戦闘は平凡である。だが、それは重要ではない。重要なのは築かれた期待感と現実との落差、砕かれた信頼感だ。
その落差の大きさについては、CD PROJEKT REDに直接の責任がある。発売の数年前、CD PROJEKT REDはジャーナリストにプレヴューを提供し、2018年には英国のフリーペーパーである『Metro』から「『サイバーパンク2077』は史上最高のゲームになるかもしれない」といった浮かれた称賛の言葉まで引き出した。
その1年後、シネマティックティザーと管理された短いゲームプレイセッションの公開は、人々に「サイバーパンク2077」はゲーマーの「いちばん欲しいゲーム」のリストのトップに入れるべきだと思わせた。CD PROJEKT REDは6月にレヴュアーに対し、同社がコントロールするPCを使って配信をさせている。「機会が溢れる遊び場だ」と、当時のEurogamerは評している。「自分がどんな人間になりたいかを決めるゲームとなっている」というのだ。
そのころ、すでに足場はぐらついていた。「サイバーパンク2077」は、3度にわたって発売を延期している。20年1月にCD PROJEKT REDが、ゲームは「完成してプレイ可能」と説明したにもかかわらず、延期となったのだ。また、10月にゲームが完成した状態を意味する「ゴールドマスター」が承認されたと同社が発表したにもかかわらず、再び延期されている。
秘密保持契約の中身
こうして11月になってCD PROJEKT REDは、「サイバーパンク2077」の発売前にジャーナリストに秘密保持契約を送った。それの内容とは、レヴューにゲームのプレイ映像を含めることを禁じるものであった。スクリーンショットを公開することはできたが、ゲームのプレイ映像はCD PROJEKT REDしか公開できないことになっていたのである。
その秘密保持契約に違反した場合、1件の違反につき約27,000ドルの罰金を科せられる可能性があった。(なお、『WIRED』US版は慣例として、取材先の企業と秘密保持契約を結ぶことはない)。ちなみに「サイバーパンク2077」のゲーム内では、「秘密保持契約」というアイテムは「使えないアイテム…多くのことを禁じ見返りが少ない定型文書」と説明されている。
また、レヴュアーはPC版のゲームしか受け取っておらず、前世代機のひどいプレイは見えなくなっていた。12月15日に開かれたCD PROJEKT REDの取締役会で、共同最高経営責任者(CEO)のアダム・キシンスキーは「ゲームを前世代機で洗練させるためには追加の時間が必要だったが、この要求を無視した」こと、またマーケティングキャンペーンではほとんどPC版しか見せなかったことを認めている(これらの件について彼は謝罪している)。
レヴュアーがゲームを受け取ると(たいていは発売の数日前だ)、メインストーリーを進めながら、なるべく多くのサブクエストをこなす必要がある。そして数千ワードの文章を書いて、12月10日の「サイバーパンク2077」の発売3日前となる12月7日にオンラインで公開しなければならなかった。
レヴューに対して巻き起こった批判
CD PROJEKT REDは、約10年を費やして「サイバーパンク2077」の壮大な世界観を構築してきた。ゲームレヴュアーがそれを評価するための猶予はたった数日しかなく、どのように表現すればいいのか悩まされたのである。
すでに2019年の時点でサイバーパンクな快感を約束する同作に60ドルを投じていたゲーマーたちは、うろたえた。期待が急速にしぼんでいくのがわかったからだ。プロのレヴュアーであるキャリー・プラグは「GameSpot」で、「サイバーパンク2077」を10点満点の「7」と評価した。深みのない世界設定、つながりのないサブクエスト、大規模な技術的問題を批判したのだ。
そのレヴューに対しては、大量の嫌がらせが巻き起こった。ゲームを試せなかった保守的なユーチューバーたちは、長い動画を投稿して彼女の批評を分析し、プレイ時間とプレイスタイルを批判したのである。だが数日後、ようやくゲーマーたちも「サイバーパンク2077」をプレイできるようになると、多くの人は手のひらを返した。「みんなキャリー・プラグのことを悪く言ってたけど、わたしは彼女に同意し始めている」と、ネット掲示板「Reddit」には書き込まれている。
マーケティングとしての心理工作にたけたゲーム会社として、CD PROJEKT REDは初めてでも唯一でもない。2016年に、「No Man’s Sky」は文字通り無限の可能性を約束した。最も広大で、最も没入感があり、とにかくあらゆる点でほかを凌駕するゲームになるはずだったのだ。
ところが、開発スタジオであるHello Gamesは発売前にレヴュアーにゲームをまったく提供しなかったことから、ゲーマーはマルチプレイヤーの接続性といった基本的な部分が未実装であることを、身をもって知ることになった。
今年だけでも『WIRED』US版は、秘密保持契約のある大きなゲームのレヴューを10件以上も依頼されている。秘密保持契約は常に欠点を隠すためとは限らない。ネタバレを防ぐためのこともあるし、熱心すぎるPRチームのせいだったりすることもある。だが、レヴュアーにそのような足かせを強いることは、最終的にゲームを買う人々を傷つけることになる。
ジャンル全体が持続不可能に
ゲーム産業の市場規模は604億ドルに達し、レヴューシステムを細かく管理しようとする圧力はますます大きくなっている。例えばブルームバーグの報道によると、CD PROJEKT REDの開発者のボーナス支給条件はMetacriticのスコア90点以上だったという(ただし、ゲーム発売後に変更された)。
CD PROJEKT REDは、“ランプの魔神”に相当するゲームをつくり上げた。そして、ほんのわずかでも力を手に入れた人が誰でもすること、つまり自分の評判をコントロールすることに乗り出したのだ。『WIRED』US版の取材に対し、CD PROJEKT REDはコメントを拒否している。
こうしたインセンティヴはまた、開発者に対しても不利なシステムをつくり出してしまう。開発者たちは週6日働き、「実物よりも活気ある都市」だの「革新的なヴィジュアル、複雑さ、奥行き」といったスローガンを実現するために、ワークライフバランスを犠牲にしている。
こうしてプレイ時間が60時間にも達するAAAオープンワールドゲームに対する現代の人々の期待は肥大化し、そしてさらにこのジャンルを持続不可能にしている。元ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)のショーン・レイデンは6月、GamesIndustry.bizの取材に対して、このようなゲームの開発で生じる莫大な経済的コストや現場の負担を嘆いている。
「わたしはこの業界全体がもっと腰を据えて、『それで何をつくるんだ? オーディエンスは何を望んでいるんだ? どうやったらうまくストーリーを語って、言いたいことを言えるんだ?』といったことについて考えるべきだと思います」
希望を食い物にするシステム
ところが800万本の予約は、このような過剰演出が誰かの利益になることを物語っている。特にゲームは、おとり商法に弱い。ゲームはアイデンティティであり趣味である。ありのままに振舞い、自分が何者なのかを探検できる場所だ。実際にプレイするものであると同時に、所有するものでもある。
よりよいカスタマイゼーション、より大きな世界、より優れたグラフィック──どれも指数関数的に続けるわけにはいかない。だが希望を食い物にするシステムは、人々から寄せられる信頼と同じだけしか大きくなれないのだ。
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