中世の近畿地方史を記録したとする「椿井文書」が「偽書」だったということが話題になっている。BOOKウォッチでも『椿井文書――日本最大級の偽文書』(中公新書)を紹介したばかりだ。
本書『偽書が描いた日本の超古代史』 (KAWADE夢文庫)は、「古代史」や「神代」に関する壮大な文書を取り上げている。いずれも近年に創作されたと見られている「偽書」だ。
17の「偽書」が登場
『竹内文書』『九鬼文書』『上記』『物部文書』『東日流外三郡誌』『秀真伝』『富士宮下文書』など17の「偽書」が登場する。今も関係者の一部に「古伝」として支持されているものもある。荒唐無稽なものが目立つが、かなりの信憑性を持ってメディアに取り上げられたものもある。なぜ偽書が作られ、多くの人々に信じられたのか。
日本には『日本書紀』や『古事記』があるが、5世紀以前にさかのぼっていくと、史実性がきわめてあいまいと言われている。中国の『魏志倭人伝』には3世紀ごろの邪馬台国の話が記録されているが、未だその所在をめぐって論争が続いている。そうした日本の模糊とした先史を、もっときちんとした「史料」で読みたいという人々の思いが「偽書」を生み出す、と本書は背景を記す。
著者の原田実さんは1961年生まれ。龍谷大学文学部卒。広島大学研究生を経て、昭和薬科大学文化史研究室で、古代史研究家として人気だった古田武彦氏の助手を務めた。しかし、『東日流外三郡誌』の真偽をめぐって対立。現在は、古代史関連の偽史、偽書を中心とした著述家として活躍している。著書に、江戸しぐさが架空であることを明かした『江戸しぐさの正体』など多数。
経歴からもわかるように、原田さんは『東日流外三郡誌』とのかかわりが深い。すでに、『幻想の津軽王国――「東日流外三郡誌」の迷宮』(批評社、1995)などに経緯の詳細を記している。本書ではそのエッセンスが手際よくまとめられ、わかりやすい。
屋根裏から落ちてきた古文書
『東日流外三郡誌』は1975~77年、青森県市浦村(現・五所川原市)が市浦村史資料編として全三巻の活字本で刊行し、一般にも存在が知られるようになった。津軽を舞台にした紀元前にさかのぼる古代史を記している。もともとの「古文書類」は1947~48年ごろ、同地の殿様の縁者で、庄屋の家系だった和田喜八郎氏宅で見つかった。ある日、天井を突き破って屋根裏から落ちてきた長持(衣装などを入れる箱)の中に入っていたという。「原本」を明治のころに、写本にしたものだとされていた。
地方史の史料として自治体が活字化したことや、当時、古代史についての独自の見解で多数のベストセラーを生み出していた古田武彦氏が強く支持したことで、メディアも注目するようになる。東北の異境の地に、ヤマトとは異なる王朝があったというロマンが多くの人を引き付けた。背景には「高松塚の発見」(1972年)などによる空前の古代史ブームがあった。一方では『ノストラダムスの大予言』(1973年)のベストセラーや、スプーン曲げで有名なユリ・ゲラー来日(1974年)などの超能力・オカルトブームもあった。
「『東日流外三郡誌』はこの時代の日本に渦巻いていたさまざまな熱気に応えるものだったのである」(本書)
今では信じがたいことだが、NHKテレビは複数回、『東日流外三郡誌』をテーマに、和田喜八郎氏へのインタビューを含む番組を放送したという。著名作家はもちろん、専門の学会でも好意的に取り扱った人がいたほどだ。
「サンデー毎日」が「偽書説」
古田氏は、原田さんの大学時代の恩師だった。1989年秋になって突然電話がかかってきた。『東日流外三郡誌』の調査に協力してほしいというのだ。当時、すでに「偽書説」が強まっていた。当然ながら「真書」であることを証明するための調査だった。
しかし、原田さん自身、いくつもの問題点を見つけた。江戸時代につくられたというのに、近年の用語が出てくる。疑問を指摘しても、古田氏は認めない。93年になって、「サンデー毎日」などが安本美典氏による「現代人の偽書」とする考証を報じ、「偽書説」がいよいよ有力になる。
原田さんによると、和田喜八郎氏には強い「空想癖」があったという。自身の経歴については「陸軍中野学校で学んでから海軍航空隊に配属されビルマで国王の影武者を務めつつ通信研究所に勤務し、フィリピンで抑留されたまま皇宮警察に勤務」と証言していた。原田さんは「波乱万丈というより支離滅裂な半生」と記す。親族の証言によると、喜八郎氏は戦前から終戦直後にかけて郷里を出たことはなかったという。
喜八郎氏は青年時代、郷土史家の手伝いをしていたことがあった。そのため東北地方史について「偽書」が書けるくらいの知識と技量はあった。
原田さんは喜八郎氏の没後、親族の許可を得て、家を調査した。天井裏に物を隠せるような空間は存在しなかった。天井を破って長持が落ちてきたという文書の由来自体が、喜八郎氏の創作だったと結論づけている。
自分の世界観・価値観を投影して支持
ではなぜ古田氏は「真書」にこだわったのか。喜八郎氏の虚言癖は、古田氏もよく知っていたという。
古田氏にとって喜八郎氏は「自説を裏付ける根拠を提供してくれる便利な存在になっていた」と原田さんは見る。「・・・人は過去の好みの人物に自分の世界観・価値観を投影したり、自分に近い世界観・価値観で書かれた偽書に引き寄せられたりすることもある」。古田氏に師事したことで、「史実を捻じ曲げようとしたり、荒唐無稽な偽書に騙される者の心理をも、間近で学ぶことができたのである」と書いている。
世界に目を移すと、偽書は珍しいものではない。中国古代も偽書だらけ。正統性を重んじる宗教書の世界も、偽書が多い。贋作が作られることもある。解明が進む「死海文書」についてはつい最近も、米国ワシントンDCの聖書博物館が所蔵する「死海文書」が、すべて贋作であることが判明したという。
日本でも『古事記』については、かつて偽書の指摘を受けていたこともある。また、『日本書紀』も含めて、その内容がすべて史実と見る研究家は少ないだろう。日本の戦前の教育では、都合のよい歴史が教えられていた。「真書」とされているものでも、内容については恣意的な記述や改竄が行われていることもあり、油断ならない。
BOOKウォッチでは原田さんの著書で『オカルト化する日本の教育――江戸しぐさと親学にひそむナショナリズム』 (ちくま新書)を紹介済み。このほか関連で、『建国神話の社会史――史実と虚偽の境界』 (中公選書)、『京都を壊した天皇、護った武士』(NHK出版新書)、『大本営発表――改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争』(幻冬舎新書)、『増補 南京事件論争史』(平凡社)、『戦前不敬発言大全』(パブリブ刊)なども紹介している。
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June 29, 2020 at 02:41PM
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古田武彦氏が『東日流外三郡誌』に騙された理由 『偽書が描いた日本の超古代史』 | J-CAST BOOKウォッチ - J-CASTニュース
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