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Sunday, May 10, 2020

なぜ「最後のアイヌ」と自称したのか? 『ラストアイヌ』 | J-CAST BOOKウォッチ - J-CASTニュース

 タイトルにぎょっとする。『ラストアイヌ――反骨のアイヌ歌人森竹竹市の肖像』(発行・柏艪舎、発売・星雲社)。しかも表紙の写真が強烈だ。射るような鋭いまなざし。長く伸びた白い顎髭。ただものではない雰囲気が漂う。ページをめくると、何か荒々しい壮大な物語が始まりそうな予感に満ちている。

9歳から漁場で働く

 本書は自らを「最後のアイヌ」と呼んだという、誇り高きアイヌ三大歌人の一人、森竹竹市(1902~76)についての評伝だ。著者の川嶋康男さんはノンフィクション作家。北海道生まれ。札幌在住。主な著書に、『永訣の朝』(河出書房新社)、『凍れるいのち』(柏艪舎)、『100年に一人の椅子職人』(新評論)など。『大きな手 大きな愛』(農文協)で、第56回産経児童出版文化賞JR賞(準大賞)を受賞している。写真は北海道で社会派カメラマンとして活躍した掛川源一郎さん。

 全体は以下の構成だ。「序章 語るに落ちる」、「第1章 少年の肩」、「第2章 鉄道員」、「第3章 若きウタリに」、「第4章 『原始林』」、「第5章 アイヌを生きる」、「第6章 レラコラチ――風のように」、「終章 『ラストアイヌ』の矜持」。

 本書の主人公、森竹竹市は北海道白老のアイヌコタン出身。父が早逝し、9歳から漁場で働く。のち郵便局や鉄道に勤め、戦後は北海道ウタリ協会顧問、昭和新山アイヌ記念館の館長、67年に設立された白老町立白老民俗資料館の初代館長も務めた。最も典型的なアイヌ民族風貌の持ち主だったという。

 若いときから短歌や俳句に励み、アイヌ語による詩も手がけた。生前に『若きアイヌの詩集 原始林』(1937年)と『今昔のアイヌ物語』(1955年)を自費出版している。21世紀になって『森竹竹市遺稿集』も刊行されている。

母はコタン一の「語り部」

 竹市は苦しい生活の中で、なぜ文芸にも関わったのだろうか。本書を読んで合点がいった部分があった。母は盲目。祖母も目が不自由で、日本語が話せなかった。祖母との会話はいつもアイヌ語だったという。母も祖母もほとんど家にいた。

 母はコタン一と言われた「語り部」だった。「ウエペケル」(伝説)、「ユーカラ」(神話)、その他の「ネウサリ」(物語)を大量に記憶していた。病人が出ると、家に呼ばれ枕元で語り聞かせる。亡くなると、生前好きだった「ネウサリ」を通夜の夜に語り聞かせて故人との名残を惜しんだ。

 竹市はこどものころから、アイヌ語と日本語の両方を使いながら生活していた。母から聞かされた「ウエペケル」「ユーカラ」「ネウサリ」は体に染みついていた。のちに文学活動にも関わることになる竹市にとって、「これらは思わぬ財源となった」と著者は記す。「同胞の目覚めを訴える竹市の魂の原動力には、こうした口承文学も大きな位置を占めていたことは特筆されていい」。

 戦前はアイヌに対する差別が根強かった。竹市自身、子どものころ「ア、イヌ」と和人の子どもたちにいじめられ、腕力で抵抗したそうだ。竹市が、「俺は最後のアイヌ人だ」というのは、過酷な歴史を繰り返すな、との警句だと著者は記す。

腕力ではなく学力で勝ちなさい

 本書には、救いとなる記述もあった。竹市らアイヌ人のことを庇ったり、支えたりする和人が何人か登場する。

 小学校の校長だった西川林平は、「竹市、お前は和人の子どもとそんなに喧嘩して、腕力で勝とうとしても何の意味もない。腕力ではなく学力で勝ちなさい。勉強で頑張れ」と諭した。竹市は小学校の読本に載っていた「白雀物語」を丸暗記し、学芸会で発表。アイヌにも優秀な子がいると認められ、いじめがなくなった。この西川校長は、和人がアイヌを侮る風潮に怒りを込めた「いろは歌」も作っていたという。

 白老には「コタンの赤ひげ」と言われた医者もいた。高橋房次だ。日本医科大学の前身「済生学舎」で学び、大正11年に庁立白老病院(庁立白老土人病院)に赴任した。往診しても治療費を請求しなかったという。

 北海道のアイヌは先祖代々の地に住んでいたのかと思ったら、本書には、そうでもないことが出ていた。明治中期、日高地方に宮内庁所管の「新冠御料牧場」がつくられたが、もともとはアイヌコタンの居住区。住んでいたアイヌは奥地に強制移住させられたそうだ。大正時代にも日高地方ではそういうことがあったという。名馬の産地とされる日高だが、複雑な歴史の一面を知った。

「国立アイヌ民族博物館」は開館延期

 アイヌを取り巻く環境は近年、大きく様変わりしつつある。北海道旧土人保護法は1997年に廃止され、2019年5月24日にアイヌ新法(アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律)が施行された。アイヌが登場する漫画「ゴールデンカムイ」は大ヒット、アニメ化もされている。2020年4月24日には「国立アイヌ民族博物館、国立民族共生公園」が開業予定だった。この施設は「ウポポイ(民族共生象徴空間)」と呼ばれており、本書はその誕生を記念した出版だという。残念ながら新型コロナウイルスの感染状況を踏まえ、開業は延期された。5月10日現在、まだ開業時期は確定していないようだ。

 BOOKウォッチではアイヌ関連本を多数紹介済みだ。『地図でみるアイヌの歴史』(明石書店)には1771年、千島列島を南下してきたロシアと択捉島のアイヌが戦った話などが出てくる。樺太では13世紀末、元とアイヌが戦っていたなども。あまり知られていない話が多い。『鎖塚――自由民権と囚人労働の記録』(岩波現代文庫)には、北海道の開拓にアイヌ人を動員できなかった理由が記されている。『つくられたエミシ』(同成社)は、坂上田村麻呂の「蝦夷征伐」はフィクションとし、マタギはアイヌの末裔ではない、と結論付けている。

 幕末の探検家、松浦武四郎は『アイヌ人物誌』(青土社)を残したが、その中に竹市の先祖の名前が出てくるそうだ。なお、『深層日本論』 (新潮新書)には、竹市の母のように、民族の神話や伝説を暗唱できる人が、現在も中国の少数民族には多数いるという調査が報告されている。

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