日本国民にとっての新たな「読み・書き・そろばん」として、日本の労働人口の25%に当たる1500万人に「数理・データサイエンス・AI」のリテラシーを身につけてもらう――。
日本の教育を変える壮大な計画が、2020年4月から始まろうとしている。政府が2019年6月に決定した「AI戦略 2019」に基づき、大学生や高等専門学校(高専)生全員に、文理を問わず初級レベルの数理・データサイエンス・AIの教育を課し、日常や仕事の場で使いこなす基礎的な素養を習得してもらう。
この政府方針に基づき、東京大学や京都大学など6大学からなる「数理・データサイエンス教育強化拠点コンソーシアム」は2月25日、カリキュラムのモデル案を公開した。知識の習得よりも「楽しさ」や「学ぶことの意義」を伝えることに重点を置く内容で、2020年3月25日まで意見募集(パブリックコメント)を実施する。
各大学はこのモデルカリキュラムを参考に、2020年4月から講義を始めることが求められる。新学期まであと数週間。具体的なカリキュラムの策定から講師の選定まで、突貫工事を迫られる大学も多いだろう。
同コンソーシアムは標準教材の作成などで大学を支援する。5年後の2025年までに、全ての大学生・高専生(50万人卒/年)を対象に講義を提供できるようにする考えだ。
これによって基礎的なAIリテラシーを持つ人材を10年で500万人輩出できる。さらに社会人向けには社内研修などを通じてリカレント教育を施し、年間100万人、10年で1000万人にAIリテラシーを習得させる。合計で1500万人がAIリテラシーを身につける――というのが政府AI戦略の数値目標である。その先兵となるのが今回の大学向けモデルカリキュラムというわけだ。
だが「全大学生にAIリテラシーを」という方針は、開始前から巨大な壁に突き当たっている。カリキュラム策定に関わった関係者らへの取材を基に、計画の全貌と課題を明らかにする。
全大学生が2単位の科目を履修
「全ての大学生が履修する」というモデルカリキュラムは、必修となる3項目「社会におけるデータ・AI利活用」「データリテラシー」「データ・AI利活用における留意事項」で合わせて2単位(90分×15コマ)を想定する。「単一の講義でなく、複数の講義や演習でカバーしてもいい」と、コンソーシアムでカリキュラム策定に関わったNECの孝忠大輔AI人材育成センター長は説明する。
3つある必修項目のうち、最も力点が置かれているのが「導入:社会におけるデータ・AI利活用」だ。スマートフォンから自動車まで、身近な生活の中でAI技術やデータ分析がどう生かされているかを学ぶ。
第2の必修項目「基礎:データリテラシー」はデータを批判的に読み解く術を学ぶ。例えば新型コロナウイルスの話題で頻出する「致死率」「偽陰性」などの統計用語を正確に理解するための素地をつくる。実データを使ったデータの可視化や分析の実習も行う。
第3の「心得:データ・AI利活用における留意事項」はAIのバイアスや個人情報の悪用など、データ社会の危険な側面について学ぶ。
より高度な内容を学びたい学生向けのオプション講座として、統計や機械学習、データ分析など2単位分の講義・実習を用意する。
理系人材はAIを「副専攻」に
さらに大学生・高専生の理系全員と一部文系の約25万人について、専門課程と並ぶ副専攻として、数理・データサイエンス・AIの応用基礎教育を施す。有識者会議「AI戦略実行会議」の座長を務めた日本学術振興会前理事長の安西祐一郎氏は「大学卒業の時点で当たり前のようにデータを扱えるようになるのが理想だ」と語る。
ただし「AI副専攻25万人」に向けた学習目標やカリキュラムの議論は現時点ではほとんど手つかずである。2020年4月に始まる「AIリテラシー50万人」のカリキュラム策定を優先したためだ。
検討の方向性としては「AIリテラシー50万人」のモデルカリキュラムが示すオプション科目をそのまま活用するか、医学部や理工学部など各学部に共通した数理やデータ分析のスキルを抽出するか、などが議論されている。
AIに精通したエキスパート人材の育成にも取り組む。大学院卒レベルの研究者を年間2000人輩出、うち100人は世界に通用するトップ級人材に育てる。経済産業省は2020年2月まで実施した実証プロジェクト「AI Quest」を通じ、エキスパート人材を育成する研究プログラムを検討している。
計画の成否を左右する「文理の壁」
リテラシー教育からエキスパート育成まで網羅するAI教育改革。だがこの計画には巨大な壁が立ちはだかる。日本の教育システムに特有の「理系と文系の壁」だ。この壁を打ち破れるか否かが、AI戦略の成否を左右するといっても過言ではない。
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