4月9日の夜に
「大津動きます」
2020年4月9日の午後、大津祐樹がツイッターに投稿した一言で全てが動き始めた。横浜F・マリノスは12日に選手たち発信で企画したファン・サポーターとのオンライン交流イベント開催を発表し、16日には当日18日のタイムテーブルやコンテンツもリリースした。
インスタグラム上でのライブ配信をメインとした「Stay Home with F・マリノス」は、18日の昼12時から夕方18時過ぎまで、6時間以上にもおよぶ一大イベントになる予定だ。構想段階では24時間ぶっつづけの生配信という案もあったというが、選手たちとクラブ側が議論を重ねる中で6時間に落ち着いたという。
オンラインとはいえ、年に一度開催されるファン感謝イベント「トリコロールフェスタ」に匹敵する規模の企画を1週間足らずで形にするのに、どのような動きがあったのだろうか。マリノスでJリーグ運営担当を務める矢野隼平氏は次のように明かす。
「クラブとして何か発信しなければいけないと捉え、検討を重ねていたところに大津選手から『マリノスとしてできることをやりたい』という連絡をもらいました。その日の夜にすぐクラブスタッフに大津選手と喜田(拓也)選手を交えてWeb会議を行いました。それが9日のことです。
その場で彼らから、『全選手参加型のオンラインイベントをいち早くやりたい』『トレーニングのない18日であれば全選手が参加できる』というのを提示してくれて、通常のビジネスでは考えられないくらいのスピードで企画が動き出していったんです」
Web会議が終わると、すぐに選手たちとフロントスタッフが集まったLINEグループが作られ、その中で「6時間」の中で実施する企画案の議論が始まった。発言しない選手がいないほど活発にアイディアが出され、トントン拍子でコンテンツの中身が固まっていった。実際には選手のトークの他に、料理対決や筋トレ講座、ストレッチ講習、ゲーム対決が行われることに。「内容は本当に100%と言っていいほど選手の手作りなんです」と矢野氏は言う。
その後は選手たちが参加を希望するコンテンツごとのグループに分かれて議論を重ねながら、各企画の中身を詰めていった。木曜日の夜に立ち上がった前代未聞の長時間イベントは、こうして急ピッチで形になっていき、次の木曜日には詳細なタイムテーブルまで発表できるに至ったのである。
選手たちが抱いていた想い
新型コロナウィルスの全国的な感染拡大を受けて2月末からJリーグは中断となり、当初は4月下旬から段階的な再開を目指していたが、4月上旬にはそれも白紙撤回に。現時点で再開時期が全く読めない状況でも、マリノスの選手たちはずっと「クラブのためにできることはないか」という想いを抱えていた。
「そういう気持ちをみんなが持っているのは今に始まったことではありませんでした。今回のイベント開催を実現するにあたっては(大津)祐樹くんが中心になって動いて、クラブに働きかけてくれましたし、それに協力する選手たちの姿勢も本当に素晴らしかった。『自分たちにも何かできないか』と主体的になって行動を起こしてくれたのでスムーズに進みました」
発起人の1人で16日にオンライン取材に応じた喜田拓也は、チームメイトたちが一致団結して前のめりになって取り組んだからこそできあがったイベントだと自負している。昨年のJ1優勝を果たしたチームにあった極上の一体感は、今季も全く失われていない。たとえ毎日練習場で顔を合わせられない日々が続いていても、心と心で繋がる絆が途切れることはなかった。
大津も、喜田と同様にマリノスがクラブとして迅速に動けた理由が「団結力」にあったと感じている。
「選手同士の仲もすごく良くて、だからこそ『やろうよ』となった時に、みんながすぐ『絶対にやるべきだ。今できることをやりたい』となりました。僕や喜田が発信して何かをやることはもちろん大事なんですけど、選手全員に団結力があって『何かしたい』という気持ちがあったからこそ、これほどのスピード感でできたのかなと思っています」
「ピッチ外も含めての『サッカー選手』」
これまで1都7県に発令されていた緊急事態宣言が全都道府県に拡大されることも決まり、不要不急の外出を避けるよう求められるなど、新型コロナウィルス感染拡大を抑えるために全日本国民がそれぞれ我慢を強いられる日々が続く。未知のウィルスとの先の見えない戦いを続ける中、サッカーは必ずしも日常生活に不可欠なものではないということも事実としてある。
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ピッチ上でプレーすることで発揮されるサッカー選手の価値が限りなく低くなっているとも言える状況で、「サッカー選手」だからこそ発信できること、表現できる価値とは何か。マリノスが18日に開催する「Stay Home with F・マリノス」は、改めてサッカー選手やサッカーそのものが持つ、社会における普遍的な価値を示す貴重な場にもなりうる。
大津は言う。
「サッカー選手はピッチの上でプレーすることも大切ですけど、それ以外のピッチ外も含めての『サッカー選手』だと僕は思っているんです。今、マリノスに関わっているファン・サポーターも試合が見られない状況で、選手としてピッチ外のところで何か協力できないか探すのは、プロとして当たり前のことだと思っています」
喜田も続く。
「僕も祐樹くんと同じ考えです。もちろんピッチの上で、結果で評価されるのは重々承知しています。ただそれだけがサッカー選手かというと、そうではないと思っていて、そこ(結果)までのプロセスや、ピッチ外での取り組みもサッカー選手が存在する価値を示せる場だと思うんです。
(新型コロナウィルスの感染が広まって)こうなった以上は、どういう働きかけ、行動を起こせるかでもチーム力が試されていると思います。行動で示すということで、今回のイベントは大きな意味を持つと思いますし、みんなの想いがあるからこそ実現することだと思うので、またその先で自分たちが何をしなければいけないのかを継続して考えながら行動で示していければいいかなと思っています」
みんなを幸せにするために
最初に「動きます」と立ち上がった大津は、海外でのプレーや負傷による長期離脱など様々な経験を積んで年齢を重ねてきたからこそ、「経験と体験最強説」に基づいて常にポジティブ思考で様々なことにチャレンジしてきた。どんな時でも、とにかく「まずはやってみよう」という精神が彼の行動原理になっている。
「僕自身、本当にいろいろな人に助けられて生きているので、どうしたらみんなが幸せになれるかを常に考えています。今、自分が誰に対して何をできるかがすごく大事だな、と」
その想いを直に受け取った矢野氏は、大津を中心とした選手からの発信で生まれた大きなうねりが必ず前向きなエネルギーとなってクラブ内外に好影響をもたらすと信じている。
「選手たちが自発的に動けるところが今のマリノスの強さだと思います。選手たちから発信してもらうことがファン・サポーター、ひいては世の中に最も響きますし、やっぱり選手自身が楽しんで取り組めるコンテンツが一番なので、会社としてもメッセージを発信しやすい土台を、彼らが作ってくれていると思います。事業サイドとしては本当に感謝しかないですね。
クラブとしては、ベテランの大津選手がやれば若手もその背中を見ていきますし、そうなることでプロとしての考え方、試合だけが重要なのではないと感じ取ることができます。そして選手だけではなく、チーム統括本部などもしっかりと想いを受け止めて社内運用もできているので、クラブとしていい循環ができつつあると思っています」
18日の「Stay Home with F・マリノス」はインスタグラムのライブ配信機能を用いるだけでなく、アカウントを持っていない人のためにYouTubeでの同時配信も予定されている。
もちろん新型コロナウィルスの感染を広げないために「家にいよう」というメッセージを発信する目的もあるが、医療従事者やインフラ産業従事者などやむない事情で生配信を見られない人々の想いにも応えるべく、イベント終了後のアーカイブ配信の準備も進められている。できる限りの手を尽くし、1人でも多くの人々にポジティブなメッセージを届け、勇気を与えることこそが重要という考えだ。
「サッカー選手のような影響力を持つ存在は、世の中になかなかいないと思っています。クリーンなイメージのあるスポーツ選手から発せられる言葉にはすごく重みがありますし、そういう人たちがファン・サポーターに向けて何かを必死に発信してくれているということは、行動にすごく力を持たせることができる。それは彼ら自身の力ですし、Jリーグが培ってきた力でもあるのかなと思います」(矢野)
「支え」に対する感謝と「信頼関係」の構築
喜田によれば、18日のオンラインイベントには負傷によりブラジルに帰国中のチアゴ・マルチンスを除く全選手が、自宅から練習着を着用して参加予定だという。
「僕らはよくチームとしても『マリノスファミリー』という言葉を使わせてもらいますけど、ファン・サポーターの皆さんだけでなく、普段からクラブをスポンサードしてくださっている皆さんもマリノスファミリーの一員として常に捉えています」
練習着を着ることにはチームとしての一体感を表現するのみならず、「マリノスファミリー」の一員である各パートナー企業への感謝を伝え、公式戦が延期になってしまったことで減ってしまった露出や発信の機会を生み出す意味も込められている。日々実感する「ファミリー」からの様々なサポートへの恩返しも、選手たちを突き動かすモチベーションの1つだ。
「僕らは普段からたくさんの方々に支えてもらっています。仮に今、ファン・サポーターの方々が辛い状況なら、お互いに支えあって信頼関係がより強まればと思いますし、その一歩としてこのイベントが力を発揮してくれればいいなと思います。
苦しい状況ではありますけど、ポジティブに捉えれば、イベントを通して選手の普段見られない一面が見られるとも言えます。この状況でも、終わってみたら『あ、なんかよかったな』と思ってもらえるようなイベントにできればと思うので、選手もパワーを出して頑張りたいなと思います」(喜田)
6時間という異例の長さだが、選手たちは自分の出番以外の時間も可能な限りインスタグラムを通してイベントを視聴し、ファン・サポーターと同じ目線で参加し続けるという。どんな雰囲気になるか、選手たち自身にも予想がつかない。まさに蓋を開けてみなければどうなるかわからない楽しみもある。
それでも想いは1つ。昨年から発している「すべてはマリノスのために」から、メッセージは選手たちの手によって「すべての人々のために」に変わりつつある。Jリーグが中断中だからこそ実現したマリノスの壮大なチャレンジを、自宅からしかと見届けたい。
(取材・文:舩木渉)
【了】
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April 16, 2020 at 08:29PM
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マリノスが挑む6時間生配信に込められた想い。「大津動きます」から始まった壮大な企画の全貌 - フットボールチャンネル
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