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「費用対効果」という考え方がある。システム開発を計画する際、掛かる費用に対して十分な期待効果を得ることができるかどうかを検証するために、よく用いられる。しかし、経営者はこれを金科玉条にしてはいけない。
東京海上日動火災保険が2008年から数年間かけて実施した「商品・事務・システムの抜本改革」の話は、このコラムでも度々書いてきた。それまで二十数年間にわたって開発し、販売してきた商品群を業務プロセス(事務)、システムとともに一から全てつくり直すという壮大なプロジェクトである。
壮大であるがゆえに、企画段階で社内には様々な意見があった。こういうビッグプロジェクトを進めようとすると必ず起きる現象だと思うが、「総論賛成、各論反対」的な意見も多かった。「方向性は良いが、今やるべきことは他にもたくさんあり、そちらを優先すべきではないか」といった意見である。そこで外部の意見も聞こうということになり、コンサルタントに評価してもらうことにした。
コンサルタントは、構想が巨大すぎて、それこそ費用対効果が合わないという意見を述べた。費用対効果を投資判断にする場合、「掛かる費用を期待効果で割って3年以内に回収できるのだったら実施する」みたいな考え方をよく取るが、当時の試算では回収期間は10年以上であった。社内の事情を深く知らないコンサルタントがネガティブな評価をするのも無理はなかった。
そのとき、専務・社長時代を通じてこのプロジェクトを終始リードした隅修三氏は、次のような発言で社内を説得しプロジェクトを推し進めた。「掛かる費用を期待効果で割って3年以内といった方程式に従って、やるかやらないか決めるだけであれば、それは経営ではない」。そのうえで、次のようにも話した。
「今、当社の商品・事務・システムは二十数年にわたって積み上げられてきた垢がたまり、極度に複雑化している。この状態を放置すれば、近い将来、お客様から頂く大切な保険料を間違え、事故の際の保険金を正しくお支払いすることができない事態を招くだろう。そうなれば、当社は市場から追放される。今後も、当社はお客様から正しく保険料を頂き、正しく保険金を払う会社であり続けなければいけない。このプロジェクトは、将来にわたってお客様から信頼していただける会社であり続けるために、どうしてもやらなくてはいけないことなのだ。これをやるうえでのリスクをあれこれ言うよりも、やらなかった場合のリスクを考えてほしい」
隅氏のこの発言からわずか2年後の2007年、日本の損害保険業界は保険料の誤った徴収や保険金の間違った支払いにより、金融庁から厳しい業務改善命令を受けることとなった。当時、隅氏が経営者として直観した問題は、日本の損保業界の根底で共通した問題であったのだ。損保業界では東京海上日動が唯一、金融庁から指摘を受ける前にこの問題を自ら察知し、抜本改革に乗り出していたため、顧客や代理店の信頼をつなぎとめることができた。
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