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Friday, August 27, 2021

🎬『Roadless 』 と ジャーナリスト野上大介 | 「大自然での壮大な体験を描いた映像叙事詩」 - Red Bull

Vol.3 ピックアップ作品🎬『Roadless -大自然を征く-』

気の合う仲間との旅で得られる充実した時間は何にも代えがたい。それが、より深い人間関係で結ばれいて、人里離れた大自然での旅ともなればなおさらだ。そうした壮大なトリップを描いた映像叙事詩『ROADLESS』に出演している旅人たちは、バックカントリースノーボーディングの崇高なる現在を築き上げた重要人物たちである。
本ムービーの主役であるブライアン・イグチは筆者と同世代なので、彼の躍進をリアルタイムで見てきた。90年代初頭、スノーボードが世界的に市民権を得る契機となった、ライディングスタイルからファッションに至るまでスケートボードの影響を多分に受けた“ニュースクール”ムーブメントを牽引していたひとりだ。
雪山を流れるように滑りながら無数に点在する地形を活かしてトリックを仕掛け、その傍らでハーフパイプの大会を転戦するイグチは、王者として君臨していたコンテストシーンから身を引きバックカントリーを開拓するクレイグ・ケリーと出会うことに。バックカントリースノーボーディングの先駆者であり、今なお語り継がれるレジェンドだ。「僕の人生で初めてロールモデルとなった人」と動画内で語っているように、イグチはクレイグを師と仰いだ。

ニュースクールムーブメントに感化され台頭してきた若手ライダーたちとトリックで競い合う活動に限界を感じ、イグチはこれからの人生を模索していた。ちょうどその頃、クレイグの導きでバックカントリーに赴くと、手つかずの大自然に己をアジャストさせながら自由に滑る世界観に魅せられた。イグチの進むべき道のりが見つかった瞬間である。

1995年、バックカントリーフリースタイルを極めるべく、米ワイオミング州ジャクソンホールに拠点を移した。すでに四半世紀に渡ってこの地で過ごしてきたことになる。20年以上の歴史を紡いだ映像プロダクション・STANDARD FILMSの1995-96シーズン作『TB5』1996-97シーズン作『TB6』に出演しているのだが、改めて観てみることに。

すると、現代に通ずるバックカントリーフリースタイルの礎は、彼を中心に築き上げていたことがよく理解できた。クレイグから学んだ山滑りに自身のサーフスタイルを取り入れ、彼のバックグラウンドにあったスケートライクな技を掛け合わせることで、新たなるライディングスタイルを生み出したのだ。

その滑りは、後に一斉を風靡することになるジャクソンホールに出自を持つトラビス・ライスに大きな影響を与えた。トラビスは当時18歳だった2001年、地元のワイオミング州からカリフォルニア州マンモスマウンテンまで1,300km以上の道のりを車で移動し、大手専門メディアのパークイベントに参加。そこで、超特大のバックサイド360で112フィート(約34m)の飛距離を叩き出し衝撃デビューを飾るのだが、ちょうどその直前にイグチはトラビスと出会っていた。

翌2002年、トラビスはX GAMESアスペン大会スロープスタイルで金メダルを獲得するなど、アイテムの巨大化が著しかったコンテストシーンで飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍するも、それはほんの序章にすぎなかった。活動のフィールドをバックカントリーへ移行させ、イグチが築き上げたバックカントリーフリースタイルの世界を次なるフェーズへと押し上げたのだ。

やがてトラビスはBRAIN FARMとタッグを組み、これまでのアクションムービーの枠を越えた映像制作に注力するようになる。2008-09シーズン作『THAT’S IT, THAT’S ALL』2016-17シーズン作『THE FOURTH PHASE』ではイグチに出演を依頼するなど、リスペクトの上に成り立っている彼らの友情は年を追うごとに深まっていった。イグチからこのトリップに誘われたときも「イエスかノーではなく、“いつ行くのか”と尋ねた」とトラビスが説明するように、絶大なる信頼関係で結ばれているのだ。

イグチとトラビスが発展させたバックカントリーフリースタイルを語る上で、アルペンレース出身という異色の経歴を持つジェレミー・ジョーンズの存在は欠かせない。研ぎ澄まされたエッジワークを武器に、急峻なアラスカの斜面に幾多のラインを刻みながら、フリーライディングシーンの第一人者にまで成長。その後、地球への環境負荷を軽減するためにスプリットボードを駆使してビッグマウンテンを滑るという活動を行ってきた。

それらが記録された、TETON GRAVITY RESEARCHが贈る2010-11シーズン作『DEEPER』でトラビスはジェレミーと25日間ともに過ごし、自然に対する畏敬の念を育んだ。その続編である2014-15シーズン作『HIGHER』ではイグチが共演。アルピニストさながらハーネスなしでは登ることができない山頂からドロップインする経験を積み重ねたことで、イグチの限界は大きく押し上げられた。

カリフォルニア州ロサンゼルス近郊のムーアパークで生まれ育ち、スケートボーダーでもありサーファーでもあるイグチはジャクソンホールに移住して最初の冬、いち早く雪が降ることで有名なトグウォティーパスをスノーモービルで登っていった。

「あの景色を一生忘れない。目の前には、まるで雲が折り重なっているように見える別次元の台地があったんだ」

9,658フィート(約2,944m)地点には高原があり、バックカントリーへの入り口となっている。アラスカとハワイを除くアメリカ48州を走っているすべての道路からもっとも離れた僻地。グランドティートン国立公園と美しい山々を臨む光景に、イグチはひと目惚れした。

分水嶺という言葉をご存知だろうか。水は高いところから低いところへ流れるわけだから、雨水や雪解け水がどの方向へ流れていくかは山の尾根で決まる。その分水界になっている尾根が分水嶺だ。ロッキー山脈の大陸分水嶺に位置する未開の地で滑ること──イグチにとってこれは必然だったのかもしれない。

南カリフォルニアでサーフィンとスケートボードに興じていたイグチ少年は、15歳のときにスノーボードと出会った。いい波を求めて日々の気象条件を把握すること、難度を上げながら技を追究すること、これらを掛け合わせた感覚で取り組めるフリースタイルスノーボーディングにのめり込んだ。そして追求し続けた結果、カリフォルニアの海に通ずる源流にたどり着いたということである。

イグチ、トラビス、ジェレミーら3人のリビングレジェンドたちはこれまでのスノーボードライフを振り返りながら10日間かけて、道なき道をスプリットボードで進んでいく。彼らのスノーボードライフとは、クレイグから受け継いだバックカントリースノーボーディングの歴史そのものである。

この作品に出会えてよかった。エンドロールを迎えたとき、心の底からそう思えた。

▼野上 大介 profile

18歳でスノーボードを始める。大学卒業後、全日本スノーボード選手権ハーフパイプ大会に2度出場するなど、複数ブランドの契約ライダーとして活動していたが、ケガを契機に引退。2004年から世界最大手スノーボード専門誌の日本版に従事し、約10年間に渡り編集長を務める。その後独立し、2016年8月にBACKSIDE SNOWBOARDING MAGAZINEをローンチ、 同年10月に創刊。X GAMESなどスノーボード競技の解説者やコメンテーターとしての顔も持つ。

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◆Information

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