
本能寺の変を起こした明智光秀を通して戦国絵巻が描かれる壮大なドラマ、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」。新型コロナウイルスによる3カ月弱の放送一時休止を経て、最終回を迎えました。今回は、「麒麟がくる」で描かれた本能寺の変、光秀のその後を人気ライター木俣冬さんが徹底解説し、ドラマの裏側を考察します。 大河ドラマ「麒麟がくる」(NHK総合日曜夜8時~)最終回「本能寺の変」(脚本:池端俊策 演出:大原拓 一色隆司)は15分拡大版。明智光秀(長谷川博己)と織田信長(染谷将太)がどう決着をつけるか。そして麒麟はくるのか。とにかく“本能寺の変”がどう描かれるか視聴者全集中で、視聴率は18.4%(ビデオリサーチ調べ 関東地区)とぐっと上がり有終の美を飾った。
信長人気は高かった
このレビューでサブタイトルに信長が入っていると視聴率が上がる説を唱えたことがあるが、最終回は「信長」の文字こそ入ってないものの、「本能寺の変」といえば「信長」といささか乱暴だけれど同じようなもので、やっぱり信長の人気は高かったと実感する。 日本人に愛される信長を「麒麟がくる」では、彼が生きている限り麒麟はこない、平和を呼ばない人物として描ききった。 「麒麟」とは「仁のある政治をする為政者が現れると降り立つ聖なる獣」。物語の最初、信長は麒麟を呼ぶ男と期待されていた。光秀は、世の中を平らかにするため、争いをやめるために、信長の資質を見込んだ。ところが、信長はその期待に反して、己の権力を拡大する野心ばかりが増大し、無用な虐殺を起こしていく。 仁なき暴走殺戮兵器・信長を止めるのは、それを作り上げた光秀しかいない。物心ついたとき仕えてきた斎藤道三(本木雅弘)から受け継いだ大きな国の野望と、それを目指すための神輿に乗せた人物の過ちの責任をとる決意がとうとう固まったのは、信長から足利義昭(滝藤賢一)を殺すよう命じられたときだった。光秀がひとり頭に手を当てて悩んでいるところはほんとうに引き裂かれそうな感情が伝わってきた。 光秀は信長と語り合う。戦のない世を夢見て語り合ったのは10年前? 15年前? と懐かしむ信長。本当はもう疲れていて「2人で茶でも飲んで暮らさないか」と半ば求婚のようなことを言いだす。戦、戦でもう長いことよく眠れていない。「子どものころのように長く眠ってみたい 長く……」と願いを口にする信長。彼は義昭を殺せば眠れるようになると思ったのかもしれないが、光秀は命令を断る。 「私には将軍は討てませぬ」 もう一度、獲った魚を民に安く分け与える信長に戻ってほしいと光秀が切々と訴えても、「わしを変えたのは戦か。違う」「そなたであろう。そなたがわしを変えたのじゃ」と信長の暴走は止まらない。 「帝さえもひれ伏す 万乗の主となる」と言い張る信長に光秀は決意し、左馬之助(間宮祥太朗)、伝吾(徳重聡)、斎藤利三(須賀貴匡)に告げる。 「我が敵は本能寺にある。その名は織田信長と申す」
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