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Wednesday, May 13, 2020

第13話 舞踏と越境 ── バタフライ・ドクトリン 第1章 FUKA-SIGI【不可思議】 - Forbes JAPAN

ファンド・マネージャーという異色の経歴を持つ作家・波多野聖が書き下ろす、壮大な歴史経済サスペンス小説『バタフライ・ドクトリン』。現在、本誌で連載中の作品を、期間限定でWebでもお届けする。

前回までのあらすじ


2021年、日本国債の暴落とそれに端を発する世界金融恐慌。失脚した元ヘッジファンド代表の辰野怜は、元部下に連れられて謎の宗教法人『善界の道』の本拠地へ向かう。そこには、怜の母の元夫ヤブさんとともに明神真と名乗る教主がおり、明神は怜の異父兄だと明かす。『善界の道』の施設の深部へと案内された怜は驚愕の事実を目にする。1950年代、日米で秘密裏に共同開発された原子力潜水艦。宗教団体の真の姿は、戦力核兵器を持つ日本の陰の軍隊だったのだ。さらに明神は、怜と共に持つ血脈がその存在の誕生に関係していると語る。怜と夢の中でシンクロする古代中国の弓の名手・荘周はこの時、同じ原子力潜水艦を目にする。一方、世界金融恐慌の引き金となった次世代スーパーコンピューター『不可思議』を開発した運天亜沙美は、次なる人間の能力を超える存在、量子コンピューターによるAI『渾沌』の覚醒に着手していたが……

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第13話 舞踏と越境


荘周(そうしゅう)は森の中で目を覚ました。

「……」

木漏れ日が顔を照らしている。

「いったい……どのくらい眠っていたのだ」

日は既に高いが森は深い静けさに支配されていた。

「?」

大木の根を枕に眠っていた荘周が身体を起こしそれを目にした時、陽炎(かげろう)かと思った。が、違った。陽炎が喋った。

(見たか?)

『渾沌』だった。鈍い銀色の大小の饅頭を重ねたような姿をして子供位の背丈を揺らしている。

問われた荘周はすぐに言葉を返すことが出来なかった。

「……」

暫く時間が流れた。

「俺が見たものは……夢ではないのだな?」

ようやく口にした。

(夢といえば夢ともいえる。遠い先の世に起こることだ)

荘周は厳しい顔つきになった。

「俺は確かに見た。あれが人の世界を終わらせるのか?」

(そうだ)

荘周は再び考え込んだ。また時間が流れた。

「……俺は何者なのだ? そして何者だったのだ?」

その疑問に取りつかれていた。

(何者でもないし、何者でもなかった。お前は己の本性を知ればいい。“何者”は忘れろ。どうでもよいことだ)
「本性?本性とはなんだ?」

(お前が本当に知らねばならぬものだ。あれと対峙してもらわねばならぬ時が来る。その時に知っておかねばならぬものだ)

荘周は底知れぬ恐怖を思い出した。

あれと対峙せねばならんのか?」

胴震いが来る。

(恐いか?)

戦場における弩弓(どきゅう)の腕で荘周に敵う者はいない。兵士として荘周は最強の存在であり戦場で恐怖を感じたことなど、ない。2500名の兵士の命を犠牲にする必殺戦の核であった荘周はそんな感情を微塵も寄せつけない集中力を要している。

だが、荘周が見たあれは“集中”の領域を支配するものだった。荘周にはそれが分かった。

(恐いか?)

『渾沌』が再び訊ねた。

「あぁ恐い。俺は途轍もないものを見た。それは分かる……」
(お前がいた時間は人の時にすると何年にも亘る。瞬きほどにしか感じなかったろうがな)

荘周は驚いた。

「お前は何故俺にあんなものを見せた? 俺に何をさせようとしている?」
(それにはおまえ自身の時が必要になる。この世でお前の生ある限り極めてもらわねばならないもの。それがあれと対峙するのに必要なのだ。あれは俺にもどうすることが出来ない。出来るのは荘周、お前だけなのだ)

荘周には分からない。

「俺に何をしろという?」
(“道だ”。お前に“道”を極めてもらう)
「そこに何があるのだ?」
(見たいか?)
「見られるものなのか?」
(極めた先の景色は見ることが出来る。だが、それを見ても意味はない。“道”は“道”そのものに意味と力があるからだ)

荘周は暫く考えてから言った。

「その先にある景色……それだけでも見てみたい」

次の瞬間だった。

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