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Wednesday, April 8, 2020

【文庫双六】壮大な枝話が面白い大長編の完訳――北上次郎(Book Bang) - Yahoo!ニュース

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 ルパンまで出てきたのなら、もう少しフランスの時間線を遡ろう。ヴィクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』だ。

 子供時代に、児童向けの世界文学全集などでこの名作を読んだ人は多いと思うが、この長編は完訳で読んだほうが絶対に面白い。

 というのは、ジャン・ヴァルジャンがパリの下水道に逃げ込むシーンになると物語は突如中断して、パリの下水道の歴史が延々と詳述されるのである。

 私がこの大長編を読んだのは30代の後半だったが、そのとき手にしたのは河出書房新社のグリーン版世界文学全集で、下水道のくだりは2段組で50ページは超えていた。400字詰めの原稿用紙で100枚、いや150枚を超えていたかも。修道院に逃げ込むシーンになると今度は修道院の歴史が詳述されるのである。それもまた同じくらいの分量だから、すごい。

 この大長編はそういう脱線の連続なのである。ワーテルローの会戦描写が延々挿入されたかと思うと、隠語の起源まで出てきて物語がまっすぐには進まない。しかしこれが実に面白い。子供向けの抄訳本ではそういう「脱線部分」はおそらくカットされているだろうが、それを取ってしまっては残るのは粗筋だけだ。高田宏は『大長編小説礼讃』の中で、『レ・ミゼラブル』は壮大な枝話の連続であると書いたが、本当にその通りなのである。

 もっともすべて完訳がいいわけではないことも急いで触れておく。ウジェーヌ・シュー『パリの秘密』は東京創元社「世界大ロマン全集」の一冊として1957年に翻訳されているが、それは原書の7分の1の抄訳で、完訳は1971年に集英社コンパクトブックスから全4巻で刊行された。ユゴーがこの『パリの秘密』を読んで『レ・ミゼラブル』を書き上げたのは知られているが、しかし『レ・ミゼラブル』とは違って、こちらは完訳でなくてもよかったような気がする。難しいものである。

[レビュアー]北上次郎(文芸評論家)
きたがみ・じろう

新潮社 週刊新潮 2020年4月2日号 掲載

新潮社

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