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Tuesday, April 28, 2020

世界一読まれている美術書『美術の物語』の魅力。 - カーサ ブルータス

美術館で実物のアートを観る日を心待ちにする間、美術史をじっくりおさらいしておきませんか? 

『美術の物語』エルンスト・H・ゴンブリッチ著、日本語版は河出書房新社刊(訳者:天野衛、大西広、奥野皐、桐山宣雄、長谷川宏)。英語版は1950年の初版以来、ゴンブリッチが存命中、その時々で新たな知見が盛り込まれ、改訂を重ね現在は第16版。
『美術の物語』は、先史時代から現代にいたるまでの美術様式の変化とつながりを、専門用語をできるだけ使うことなくわかりやすい文章で綴った美術書だ。1950年に初版が登場してから70年、世界での販売部数約800万部という超ロング、かつベストセラー本。世界人口が75億人(世界銀行の2018年統計より)とすると、単純に計算して約900人にひとりが持っていることになる世界一売れている美術本ということになる。今でこそ多くの美術書が存在するが、本書がその礎を築いたといって過言でないだろう。〈ロンドン・ナショナルギャラリー〉の元館長、ニール・マクレガーも15歳の時に初めて本書を読んだそうで「自身の美術に対する見方の多くがゴンブリッチ氏によって形成されたと言ってもいい」という言葉を寄せている。

そんな本書は28の章仕立てによって美術の歴史を壮大な物語として綴る。その物語は約1万5千年前の先史時代、人類がラスコーの洞窟の壁に土で狩猟の様子を描いた”行為“から始まる。獲物を捕らえるさまを描くことで実際に狩りができるように、という願掛けの意味合いがあったと言われているが、当時、そしてかなり後になっても人類はこの行為を“美術”とは捉えていなかっただろう。私たちが現代になって美術と呼んでいる作品は制作時にそう呼ばれていたかはわからない。本書は「美術として認識しているものの多くはもともと極めて限定された役割や用途のために制作されたのです」と記している。

ミケランジェロ《システィーナ礼拝堂》天井画 1508-12年、見開き3ページ分を割いている。

その際たる用途が、聖書の世界をあたかも目の前で展開するかのようにドラマティックに描くことで、本を読まずしてキリストの物語を理解してもらう宗教画だ。とにもかくにも宗教と信仰が人々の暮らしと密接につながっていた16世紀のイタリアにおいて、宗教画はカトリック教会への忠誠心を高める重要な用途を持ち、本書ではミケランジェロがたった一人で描きあげたバチカン宮殿内システィーナ礼拝堂の天井画について綴っている。長径39メートルの天井に、絵画ながらも彫刻のように肉感をもった人物たちが描かれた、大迫力の天地創造のシーンは神と民をつなぐカトリック教会の威厳を存分に表すことに成功したはずだ。

ヤン・フェルメール《牛乳を注ぐ召使い》1660年頃、アムステルダム国立美術館蔵。
カトリック教会が権力を持ち、聖書の世界を美化して表現する芸術が生まれたイタリアに対して、「自然の鏡」という章では、禁欲的なプロテスタントが主流の北方ヨーロッパでは教会建築を飾る宗教画に対する需要が少なく、異なるタイプの芸術が生まれた背景について綴っている。そこでは商人たちを中心に自分たちの実生活の中に美を求めるようになる。何気ない日常のワンシーンを神々しいほど美しく描いたフェルメールの《牛乳を注ぐ召使い》はこうした文脈の中で語られている。

「美術の用途や意味は時代、場所とともに変わっていくのです」と本書には書かれている。加えて「そもそも”美術“という実体はあってないようなものなのです」とさえも。本書の中には戦争、災害、疾病からの救済を祈念して作られた作品も登場する。人はなすすべを持たない時、何かにすがる思いで祈り、その祈りの形が美術になることもある。

著者が実物を見る機会がなかった日本美術に関しては、西洋美術に多大な影響を与えた浮世絵以外はページが割かれていないものの、西洋美術に関しては後にも先にもこれほどの手引きはないだろう。しかし、688ページと携帯には向いていない重量級の本。インターネットで購入し、家で腰を下ろして読むことをお勧めします。待ち遠しい美術館での美術体験がより豊かなものになるはず!

『美術の物語』河出書房新社刊

9,350円(税込み)。

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